シャア名言☆ガルマへのセリフ「君はいい友人であったが君の父上が…」

シャア名言☆ガルマへのセリフ

「君はいい友人であったが、君の父上がいけないのだよ」とは

 

一体どういう背景でどういう思いが込められていたのか。。

今さらながら考えてみました!

 

今回はシャア to ガルマの名言についてお届けします。

 

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シャア名言☆ガルマへのセリフ「君はいい友人であったが…」

 

君はいい友人であったが、君の父上がいけないのだよ。 

 

ホワイトベースの攻撃により炎上するガウ攻撃空母。

 

それに座乗し、部隊を指揮してたガルマに送った決別の言葉です。

 

確か上の画像のような状態でビルの影から、言い放っていました。

 

 

 

ちなみに、このシャアザクのジオラマ(完成品)はこれ

 

↓   ↓   ↓

 
機動戦士ガンダム ウェザリング&ライトアップジオラマ アムロVSシャア
 

 

 

 

”いい友人”への配慮?それとも愚者への哀れみ?

事実としてシャアはガルマを謀略に嵌めました。

 

友人だと思っていた男に裏切られたのですから、裏切られた側のガルマにとってショックな出来事でしょう。

 

いままでの友誼として、「決して君の行いが(裏切りの)原因ではない」と云われれば、少しは気も休まるとの配慮があったかもしれません。

 

しかし、”原因は君”ではなく”君の父上”であるのなら、最終目標は”ガルマの父への復讐”となります。

 

”父デギンへの復讐”が本番なら”ガルマへの裏切り”は前座となります。

 

つまりガルマは前座に出てくる下っ端程度の価値しかないことを表しているのです。

 

そして、”ジオンの男”としてのプライドは一人前だが前座に出る程度のまぬけな小物でしかないガルマへの哀れみと思えるのです。

 

しかし、TVで見ていた人なら既知のことですが、冒頭の発言の前に「聞こえていたら」と前置きしています。

 

詰まる所、シャアはガルマに語りかけてはいないのです。

 

 

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本当にいけないのは誰?

 

では、何の為にシャアは冒頭の発言をしたのでしょうか?

 

ヒントとなるのはカーネギーの名著「人を動かす」でした。

 

その中で、盗人にも五分の理を認める、と語られています。

 

これは、どんな人でもその行動を正当化する理由がある、ということだそうです。

 

だいたいにして人は自分をが悪いことをしていると認めることを苦痛に感じるそうです。

 

つまり、シャアはガルマへの裏切りを正当化しようとしているのでしょうね。

 

裏を返せば、自身の中でも裏切り行為がまっとうではないと感じており、それを打ち消したいのです。

 

父の死に関係がある訳ではなく士官学校の同期のガルマに対する裏切りは、シャア自身、自分に非があると感じていたのです。

 

この言葉の示すとおり、自己の正当化が必要なシャアの行いは後々まで影響を及ぼしています。

 

結局他人に信を置くことができないシャアが達成できたのは、個人で行えたテロリスト的な行為によるザビ家要人の暗殺だけでした。

 

組織人としての栄達とは異なる結果です。

 

 

 

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まとめ

今回は『シャア名言☆ガルマへのセリフ「君はいい友人であったが君の父上が…」』についてお届けしました。

 

まとめます。

 

■シャア名言☆ガルマへのセリフ「君はいい友人であったが…」

⇒ガルマに送った決別の言葉

 

■ ”いい友人”への配慮?それとも愚者への哀れみ?

⇒”父デギンへの復讐”の前座

 

■本当にいけないのは誰?

⇒ガルマへの裏切りを正当化したいシャア

 

仕事や日々の生活において組織人として成功を求めている私たちは、後ろ指をさされることがなく、シャアのような自己正当化がいらない行動を取りたいものです。

 

 

 

 

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